プロ自転車選手になる方法(U23版)|ダウセット

昨年末にカチューシャ・アルペシンからイスラエル・スタートアップネイションに移籍したアレックス・ダウセットが、『プロ自転車選手になる方法』というタイトルで、自転車選手を目指す若者たちに貴重なアドバイスを贈った。Youtubeに投稿されたアドバイス(U23版)を紹介する。
(※ ダウセット選手のYoutubeチャンネルの管理者である、シャネルさんとダウセット選手に許可をいただいて、日本語訳を紹介しています。)
アレックス・ダウセットの経歴
もともと血友病という疾患をもつダウセットは、関節に負担が少なく筋力や関節の動きを改善できるスポーツを勧められ、水泳、その後自転車競技を始めた。地元クラブで走るうちに才能を認められ、英国自転車連盟のオリンピック育成プログラムへ。2008、2009年U23英国TT選手権優勝。2009年U23ロード世界選TTで7位。U23カテゴリー4年目の2010年にトレック・リブストロング(アメリカのコンチネンタルチーム)に加入し、U23欧州TT選手権で優勝、コモンウェルスゲームズTTで銀。翌年に英国のチームスカイでプロ入りした(2011~12)。2013~2017年モビスターチーム(スペイン)。2018~2019年カチューシャ・アルペシン。
プロ自転車選手になる方法(U23版)
チームの選び方
忘れてならないのは、チームがキミを選ぶだけでなく、キミもチームを選んでいるということ。キミにも「ノー」と言う権利がある。
自分が本当に行きたいチームだけでなく、選り好みせず全てのチームに声をかけてみる。
CV(経歴書)を用意するが、そのときにFTPや体重や20分間の最大出力から書き始めない。これまでのレース戦績、自己紹介、自分の目標、どのようにしてその目標を達成しようと計画しているか、そして、どうしてそのチームが自分に合っていると思うか、を必ず書く。
外国チームにCVを送るときには、グーグル翻訳でも構わないのでその国の言葉にして送る。これは小さなリスペクトだけれど大切なこと。
実際にチーム選びについては、有名な選手がたくさんいるいわゆるビッグチーム、選手数も少なくてもっとこじんまりしたチーム、その2チームからオファーをもらったと仮定して、どんな点を考慮して決めたらいいかを説明する。
①レースプログラム
現実的にそのチームならどんなレースにいけるかを考えてみる。もしそのビッグチームに、トップクラスのレースで勝てるレベルの選手が6~7人いたら、まず大きなレースに連れて行ってもらえるチャンスはない。反対に、小さいチームであれば、大きな舞台に連れて行ってもらえる可能性もある。プロチームやコンチネンタルチームに入ったと喜んでいても、国内や地方レベルのレースにしか連れて行ってもらえず、クラブチームにいたほうが良いレースに行けた、ということもある。
②育成への熱心さ
チームに入ったら、キミをどんな風に育てていくつもりか、しっかり話を聞くべき。数年にわたるプランを話してもらえたら良い兆候。反対に、とりあえずレースに行ってみて…という感じだったら要注意。あとは、これまでそのチームが選手をきちんと育てた例があるか。いい選手になり、もっと大きなチームに移って行ったなどの例があれば安心。
チームを選ぶとき、規模や予算、ただでバイクやキットやタイヤがもらえる、というところに目がくらんでしまいそうになるけれど、レースプログラムと、選手として成長するチャンスをもらえるかが重要。なるべく目をかけてもらえるチームを選ぼう。
現実的な期待を持つこと
最近、ジュニアの間に声をかけられてWTチームに、というニュースを見る。でもこれを見て、この年齢までにプロになれなければ、と考えてしまうのは危険なことだと思う。それは現実的な年齢制限ではない。例えば、マイケル・ウッズが良い例。元は陸上選手で、自転車に転向したのはとても遅いのに、これだけ活躍をしている。
U23で「まだ成長中」でも構わない。U23のカテゴリーは4年あるんだから。
僕の場合、そのうちはじめの3年はもがいていた。勝利はほぼゼロで(訳注: 実際にはU23の国内TT選手権では2回勝っている)、途中で送り込まれたイタリアでは完走さえできずこてんぱんにやられた。自転車を続けるのは無理だとまで思った。けれど、U23最後の年にアメリカのチーム(訳注: トレック・リブストロング)に入り、そこで全てが実を結んだ。プロとしてWTチーム(訳注: チームスカイ)に行けることになったんだ。
海外に出るのは良いこと
外国に行くのを恐れてはダメ。居心地が良かった実家を離れ、自分の面倒を見ることを覚えられる。そして、もし行くなら少なくとも2年は行くこと。最初の1年は、新しい生活に慣れるまでのショックがあるし、そのショックは必ずレースにも影響を及ぼすから。そしてその間に、本当にこの暮らしは自分に向いているかをよく見極める。プロ自転車選手の暮らしは、外から見たら変化があって楽しい暮らしに見えるかもしれないけれど、実際には容赦なくタフ。その生活と向き合ってみて、これは自分がやりたいことではないと思えば、それはそれでいい。大学に行くなり、別の好きなことに切り替える。
U16版のビデオで「クライマー、スプリンター、タイムトライアリストなどと特化しないように」とは話したけれど、自分で自然と向いているものは判ってきてしまうと思う。そこでのアドバイス。もし自分はクライマー向きだと思ったら、ベルギーやオランダには行かない。そして、スプリンターなら、イタリアには行くな。
僕は、イタリアに行った初めの年、1レースも完走できなかった。僕に向いていたのは、より平坦な、スピードの速いレース。スプリントっぽいフィニッシュ(訳注: いわゆる集団スプリントではなく、絞られた人数からのスプリント)。TTが重要であればより良い。アメリカに行き、こういったレースに出る機会が増え、特性を見てオランダやベルギーのレースにも出してもらえた。それで結果を出せるようになったんだ。
いつも全力を尽くせ
大切なことは、チームプレーヤーであること。チームのために働くこと。
自分自身のチャンスも大事だけれど、そのチャンスがタダで与えられると思ってはいけない。チームメートに守られる(訳注:その日、 勝利を狙うエースの役割を与えられ、他の選手がアシストしてくれる)選手になるためには、まずその権利を自分の力で稼がなければならない。チームプレーヤーとして貢献すること、ハードにトレーニングすることで稼ぐんだ。そして、もしチャンスをもらえたら、持っている力の全てを出す。そんなチャンスがそうそうある訳じゃないからね。
プロになりたければモノを言うのはレース結果。FTPやパワーウェイトレシオではない。数値に意味がないとは言わないけれど、数値が良くても、実際にはレースを完走するのがやっとなら、チームは雇ってくれない。
これを聞いて気を悪くしないと良いけど、マーク・カヴェンディッシュがラボで出す計測値はごく平凡だった。けれど、ジュニア、U23時代の戦績は驚異的だ。そして、レースでの圧倒的な結果こそ、彼がプロになれた理由なんだ。
もう一つは、「クライマー、スプリンター、タイムトライアリスト」と決めつけず、必要に応じて全種類にならないといけない。例えば平坦が多いステージレースの総合をリードしているところに、10kmのTTがあったとする。TTスペシャリストが総合2位につけていたとしても、自分がそこそこのTTができれば、ボーナスタイムで稼いだタイム差を守ることができるかもしれない。そして、クライマーになることも必要だ。どのレースでも上りは登場するし、上れなければレースを完走できない。自分はクライマーじゃないと言い出すには早すぎる。少人数のグループから勝つほうが、大人数から優勝するよりかんたんだ。他の選手がこなせない5~10分の山岳をこなせれば、チャンスの幅が広がる。
あとは、順位だけでなく、レースを完走すること。自分の戦績にDNFが多いことを、WTチームに分かってもらうのは難しい。いつでも完走するようにファイト精神。WTチームは、そういうファイターを好むよ。
常に学ぶ姿勢を持つ
このカテゴリーで走る間、周りにはキミの成長を助けてくれる人たちがたくさんいるはずだ。彼らを尊敬しつつ、役立てる。U23は4年あるけれど、時間はあっという間に過ぎる。他の人の間違いを聞くことで、自分が間違いを犯すことを避ける。彼らの豊富な知識、経験の中で思い、勧めることなら、おそらく彼らが正しい。彼らの決断を尊重する。
競争心を持つことは大事だけれど、U23の1年目にみんなを負かせると思ったら間違いだ。相手の中には、翌年にWTチームでプロに転向する選手だっている。オープンな気持ちで、多くのことを学ぶつもりで走る。自分の強みを見つけ、足がかりを作っていく。これには少し時間がかかるので、あせらない。7月までに初勝利とか考えず、諦めずに努力し続ける。
小さなことを間違いなくきちんとやるのも大切なこと。トレーニングしたりレースを走ったりするだけでなく、食べること、栄養、睡眠、しっかり自分の体調を管理し、清潔を保つ。いい習慣をつけていく。
そして、いいチームメート、気遣いができるチームメートになることが重要だ。狭いミニバンの中で、一人だけ大きなスペースを占領したりしない。チームの誰にも迷惑をかけない。バイクの汚れは落とす。キットもきれいに保つ。チームに何でも面倒を見てもらったり、迷惑をかけないようにする。こういうことこそ、決しておろそかにしちゃだめだ。
チームの一員になるには
もし、チームがたくさんの素晴らしいことを約束してくれて、あまりにもできすぎでありえないと思ったら、それはそう思うキミが正しい。
「約束は大きめだけど、実際はもっと控えめ」というのは、自転車界ではとても多いこと。プロサイクリングの、どのレベルでも起こることだ。そのことを最初からちゃんとわきまえておくこと。そして、約束が実現しなかったからといって、チームに対して怒らないこと。
チームを運営するのはお金がかかる。そして、たくさんのチームがあるから、レース出場の権利を獲得することだって簡単ではない。あのレースに行くはずだったのにこのレースになったとか、そういう事態になっても110%で走る。どんなレースであっても、それは与えられたチャンス。約束のレースに出られなかったとネガティブな気分で走れば、レースもうまく行かない。そこにキミの前進はない。どんな機会でも、それが約束より大きくても小さくても、最大限に活かす。チームを運営している人たちができる限りのことをしてくれている、ということをリスペクトする。
ツアー・オブ・ブリテンに出たかった。出られなかった。でも、それは彼らの罪ではない。彼らはできることはやったはずだ。彼らに敬意を持ち、協力する。出られたレースで、自分にできる限りのいい走りをすることで、一員としてチームを助けていることになる。
周りの皆がキミを助けてくれているはずだ。それに感謝の気持ちを持とう。なぜなら、ほとんどの場合、彼らにはキミを助けねばならない理由や義理があるわけじゃない。ただこのスポーツへの愛から、助けてくれる人が自転車界にはたくさんいる。キミが成功するのを見たい、手助けしたいという気持ちから、時間やエネルギーを使ってくれている人たちなんだ。だから、ありがとうを言おう。彼らが求めるのはそれだけ。チームの一員として、忘れちゃいけないことだ。
自分への投資は惜しまない
コーチや栄養士など、より速く走るために必要なことへの投資を惜しまない。お金は少しかかるかもだけど、それはキミの未来への投資。できることを全てやっていれば、結果がどうであっても、後悔は少ないはずだ。
楽しむ時間を持つ
才能もあって、全ての努力を注ぎ込んだのに、あまりにシリアスに向かいすぎて、心が折れてしまった選手を何人も見てきた。
ハードにトレーニングしなくちゃいけない、遊んでいる時間はない。確かにそうだけれど、チームスポーツだから、例えばチームの仲間とコーヒーを飲みに行ったりすることも大事。チームを助けていれば、チームが助けてくれる。そして、チームメートが95%の力で助けれくれるか、105%の力で助けてくれるかには、大きな違いがある。その違いは、ちゃんとチームの一員になれているかにかかっている。
そして、自転車以外の時間を持つ。友達は、大部分が自転車の関係になってしまうかもだけれど、それでもいい。楽しみを持ち、人とのかかわりを大事にする。
最後に
今回のアドバイスの内容は、お世話になった監督、エージェント(選手代理人)、選手仲間に相談した。他の選手に聞けば、何か別のアドバイスができるかもしれないけれど、とにかく何かの助けになるといいな。
よくある思い違いは、最初のプロ契約がいちばん難しい契約だという考え。WTチームと契約した。すごい、よくやった! …でも、それがいちばん難しい契約じゃないんだ。次の契約がいちばん難しい。
ネオプロの契約は最低2年間で、1年は慣れるための期間。間違いも犯す。向こうも、それは十分分かっている。ネオプロは見習い期間のようなもの。この先もプロとしてやっていけるかどうかのテスト。プロになるという夢から、プロとしてやっていけるかどうかの現実を見定める時間だ。だから、契約を手にしたからといって、気を抜いてはいけない。さらにステップアップしていけるように準備をする。プロになると、より簡単になる面と、より難しくなる面がある。例えば、レースの難易度は上がる一方で、サポート体制は良くなっていく。より多くの助けを受け取っているように感じるはずだ。
プロ選手に誰もがなれるわけじゃないし、最終的に別の道を選ぶこともあるだろう。それで僕は構わないと思う。大切なのは、全力を尽くすことと、自分を見つめ続けること。例えば「ノー」をもらったときも、なぜ自分はノーと言われたんだろうということをじっくり考える。そこで大きな違いが出ると思う。
text:五色の猫、photo:Israel Start-up Nation
-
前の記事
UCIワールドツアー日程再編成│2020年6月12日版 2020.06.13
-
次の記事
ニューノーマル時代の自転車レース│フランス非公式TTレースの開催ルール 2020.06.17